東京地方裁判所 昭和63年(特わ)742号 判決 1988年6月23日
主文
被告人を懲役三年六月に処する。
未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。
押収してある果物ナイフ二丁、ナイフのさや一本を没収する。
理由
(犯行に至る経緯等)
被告人は中学生当時から既に非行をかさね昭和五三年九月には初等少年院送致の処分を受け、中学校卒業後も素行は改まらず、脅迫等の非行を犯したため同五四年五月再び同じ処分を受けて長らく少年院に収容され、その後、大工見習、喫茶店店員などの職に就いたこともあったが、いずれも長続きはせず、暴力団の構成員になったりするうち、交際していたA子を恐喝したのをはじめとして各種の犯罪を繰り返しては服役生活を送るなどし、同六三年二月一二日前刑を終えて刑務所を出所したものであるが、かねてより右A子が警察に自己につき虚偽のことを申告したため不当に逮捕、勾留されたなどとして同女に対し深い怨恨の情を抱き、機会があれば右の恨みを晴らそうなどと思っていたところ、同年三月一四日未明、警視庁小金井警察署員から挙動不審者として同署に任意同行を求められ、自己が先に同署に対し「小金井市本町のファミリーマートに爆弾を仕掛けた。」などと二回にわたり内容虚偽の一一〇番通報していたことなどを追求されたところから、これを否認し一旦帰宅を許されたものの、間もなくこれが発覚し逮捕、処罰されることは免れないなどと思って自暴自棄となり、いずれ逮捕されるのであれば、前記A子を警察などを使って呼び出し怨恨を晴らすとともに世間を驚かす派手な騒ぎを惹き起こそう、そのためには客が多数いるなど人質を取りやすい銀行に押し入り、人質をたてに警察官を介して右A子を呼びつけようと考えるに至り、同日午前一〇時ころ右の犯行に使用するための果物ナイフ二丁を購入し、そのころから京王帝都井の頭線下高井戸駅及び同下北沢駅周辺の都市銀行の支店などを数箇所下見をし、同日午後二時ころ右の犯行場所を東京都世田谷区《番地省略》所在の株式会社甲野銀行乙山支店とすることに定めた。
(罪となるべき事実)
かくて、被告人は、前記A子を呼び出し同女に面会することなどを強要するため銀行の客等を人質にする目的で、同六三年三月一四日午後二時三〇分ころ、右犯行の用に供するための前記二丁の果物ナイフのうち一丁のさやをはずして抜き身にし、これを他の一丁とともにジャンバーの内に隠し持って、前記株式会社甲野銀行乙山支店一階に同店の客を装って故なく侵入し、同所において、預金通帳等を失くしたとして所定の手続を申し出るなどして人質を取る機会を窺い、同日午後三時一六分ころ、待合椅子に座っていた同店の客B子(当時三四歳)の周辺に人がいないことを認めると、その背後からいきなり左腕を同女の頸部に巻きつけて締め上げ、前記抜き身の果物ナイフ(刃体の長さ約一〇センチメートル。)を右手に持ってその切先を同女の顔面付近や首筋等に突き付けるなどして同女を不法に逮捕し、引き続き同日午後五時八分ころまでの間、同所において、同女に対し前同様のほかその着衣を右果物ナイフで切り裂く等の暴行・脅迫を加えるなどして同女が同店一階から脱出することを不能にし、同女を不法に監禁した上同女を人質にして、同店従業員及び臨場した警察官らに対し、前記A子の呼び出し、同店従業員らを拘束するための手錠三〇個及び同店外部との交信に用いるための無線機の提供方等義務のない行為をすることを要求したものである。
(証拠の標目)《省略》
(累犯前科)
被告人は、(1)昭和五八年一二月二七日東京地方裁判所で恐喝罪により懲役一年六月(四年間執行猶予、同六〇年三月八日右猶予取消)に処せられ、同六二年五月九日右刑の執行を受け終わり、(2)同六〇年一月二五日同裁判所で暴力行為等処罰に関する法律違反、銃砲刀剣類所持等取締法違反罪により懲役八月に処せられ、同年九月四日右刑の執行を受け終わり、(3)右(2)の罪の刑の執行終了後右(1)の罪の仮出獄期間中に犯した脅迫罪により同六一年一〇月一四日東京地方裁判所八王子支部で懲役一〇月に処せられ、同六三年二月一一日右刑の執行を受け終わったものであって、右各事実は検察事務官作成の前科調書及び同六一年一〇月一四日宣告の調書判決書謄本によりこれを認める。
(法令の適用)
被告人の判示所為中、建造物侵入の点は刑法一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、人質による強要等の点は人質による強要行為等の処罰に関する法律一条一項にそれぞれ該当するところ、右の建造物侵入と人質による強要等との間には手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として重い人質による強要行為等の処罰に関する法律違反罪の刑で処断することとし、前記の各前科があるので、同法五九条、五六条一項、五七条により三犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中五〇日を右刑に算入し、押収してある果物ナイフ一丁及びそのナイフのさや一本は判示人質による強要等の用に供した物及びその従物であり、押収してある果物ナイフ一丁(但し、さや一本の付いているもの)は判示人質による強要等の用に供せんとした物及びその従物であって、いずれも被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項本文を適用してこれらを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は、被告人において、判示のとおり、以前恐喝を働くなどした相手方の女性を恨んだあげく、大胆にも、銀行の客を人質にして同女の呼び出し等を強要しようと計画を練り、果物ナイフの購入、犯行場所の下見までし、派手な大事を惹き起こそうと、白昼、あえて東京都内の繁華街にある都市銀行を選んで、その店舗内に押し入り、自己と全く無関係の女性客に対し、鋭利な右ナイフをその首筋等に突きつけたりその着衣を切り裂くなどしながら約二時間もの長きにわたって右被害者を人質に取って前記店舗内に立てこもり、判示の無理無体な要求をしたものであって、その犯行態様等の悪質極まりないことは多言を要せず、右被害者の蒙った恐怖感等は察するに余りあるほか、本件兇行が救出にあたった警察官らに与えた憂慮、同銀行従業員や近隣住民に与えた畏怖、不安感はもとよりのこと、一般世人に及ぼしたその社会的影響も決して軽視することはできず、加えて、被告人には、多数の前科があり、しかも、本件は前刑の執行終了後わずか一か月余りにして敢行されたものであり、これらの諸点からすると、被告人の刑責は重大であると言わざるを得ない。
したがって、被告人の右刑責にかんがみると、被告人が現在では本件犯行を反省、悔悟し、当公判廷において自己の非を認めるとともに右被害者に対する謝罪の意を表明していること、その他その若年、家庭環境等被告人のため酌むべき一切の事情を十分考慮しても主文掲記程度の刑は免れ得ないところである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 反町宏 裁判官 髙麗邦彦 平木正洋)